過日、箱根に行ってきた時のこと。
いかにも歴史のありそうな、
日本家屋の旅館に泊まりました。

宿を入ると、チェックインはこちらです、
と案内されたのが、サロン風の部屋。

その部屋の一隅に、
新聞やガイドブックに混じって、
一冊の文庫本が置いてありました。

その本が
「帰れなかったドイツ兵」

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なんと、100人余りのドイツ海軍将兵が、
第二次世界大戦中、この旅館で過ごしていたというのです。

彼らが乗っていたドイツ巡洋艦が
横浜港係留中に爆発したため、
帰国ができなくなってしまったのでした。

火の上がった船から、
すんでのところで海に飛び込み、岸まで泳いで
九死に一生を得たドイツ兵たち。

最初はほんのひと時の船待ちのつもりで、
箱根の旅館に落ち着いたはずが、
その後、4年もの長きにわたって、
同地に留まることになったのでした。

ドイツ兵たちは、
日本海軍省のお客様という立場だったので、
自由な生活を保障されていたようです。

衣食住も平凡な暮らしも保障されていましたが、
彼らをいら立たせたのは、
「先行きの見えない幽閉生活」でした。

自由な生活とは言え、行動範囲は
宮ノ下までに限られており、
それより遠方に行くときは、
許可証が必要だったのです。



さて。

軍の若者たちにとって、
この生活が次第に堪え難いものと
なってきたことを
ドイツ海軍のブルーンズ大尉は、
気づいていました。

そこで、懇意にしていた旅館の息子に
こう相談します。

「何かこの村の人々に役立つ仕事はないだろうか。
やりがいのある仕事を彼らに与えたいのだ」

そして、できたのが「阿字ヶ池」
ドイツ兵たちが、村の人々のために
防火用水を兼ねてつくった池です。

ドイツ兵たちは、
実に科学的、計画的、理論的に作業をこなし、
本格的な池を造成しています。

この池は、今も立派に水を湛えているとのこと。



本には池を作っていた時の写真が載っています。
上半身裸になって、手にスコップを持つドイツ兵たち。
心から愉快そうにこちらを見ています。


「人の役に立つこと」
「目的を持つこと」
それが、どれだけ人を生かすのか


そんなことを思わずにはいられませんでした。