そらブログ

めじろそらクリニックのblogです。

こんにちは!臨床心理士の福島です!

突然ですが、みなさんはどんな趣味をお持ちでしょうか。
私は小学校のときから釣りが趣味で、最近だとほとんど毎週釣りに出かけています。

趣味が釣りでよかったなあといつも思っています。
それは「今」を感じることができるからです。

みなさんは普段から「太陽の光ってこんなあったかいんだ」とか
「風って気持ちいいな」と感じてますか?
これって外にでてその瞬間、つまり意識して「今」を感じないとわからないことですよね。
そこで今日は「今」につながるマインドフルネスについて話をしたいと思います。

 

もうご存知の方はいるかもしれませんが、マインドフルネスとは・・・

 

「今現在において起こっている経験に注意を向ける心理的な過程であり、
瞑想およびその他の訓練を通じて発達させることができる。
マインドフルネスの語義として、
『今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、
とらわれのない状態で、ただ観ること』
といった説明がなされる。」(Wikipediaより引用)

 

・・・うーん、これだけだと、ちょっと難しいですね。
すこし詳しく説明していきましょう。

私達は毎日いろいろな情報をキャッチし、
さらにそこにはいろいろな気持ちが湧いていきます。
もちろん「嬉しい!」ことや、「やった!」という気持ちならいいのですが、
毎日そんなことばかりが続くわけがありません。
時には「ああ・・・やだな」、とか「なんで自分だけ!」
と思うことも少なくないでしょう。
そして結果的に明日が来るのが嫌になったり、過去の出来事をいつまでも悔いたりして
それがループして、結果的に負の連鎖にはまってしまうなんてことがあると(あったと)思います。

こうした負の連鎖を断ち切るにはマインドフルネスに考えることが重要だと言えます。

例えば近い将来に大きなプレゼンを控えているとしましょう。
もちろん誰しも成功だけでなく、もしも失敗したらなんてことを考えたりします。
人によっては失敗ばかり考えてしまい、最終的には「自分は以前も失敗したことあるから、
今度のプレゼンも失敗するにちがいない」と考えてしまうこともあるでしょう。

でもよく考えて見てください。

あなたは未来予知者でもなければ超能力者でもありません。
我々は5分先、1秒先に起きることさえも予測できないのです。
ましてや明日、1週間先のプレゼンでなにが起きるかなんてわかるわけありません。

こんなときは是非、「今」を通して自分を客観的に感じてみてください。

例えば「今、自分は来週のプレゼンで失敗することを考えている」
「あのとき(過去)は失敗した、でも未来に同じことが起きるとは限らない」
「未来のことはだれにもわからない。今できることはなにかを考えよう」
というような言葉を自分に聞いてみてください。

過去、未来に対して不安や後悔をしているよりずっと現実的じゃないでしょうか。
こうしたマインドフルな考え方、ぜひ普段から練習してみてくださいね。

最後にヘミングウェイが言った一言をここに書いておきます。

 

『釣れないときは、 魚が(今を)考える時間を 与えてくれたと思えばいい。』

※( )は私の解釈です

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子供の頃から本が大好きでした。

と言っても、
文学集を隅から隅まで読んだとか、
この作家の本なら何度も繰り返し読んだとか、
そんな熱狂的な読み手ではなかったと思います。

本に囲まれていれば、ワクワクする。
あれを読もうか、これを読もうか、
迷うことからして楽しい。
そんな子供でした。

今も、出かける時は
いつもバッグに本を入れていきます。
ないと落ち着きません。

職業と、自分の興味のど真ん中が
重なっているので、
専門分野の本を読んでいることが多いのですが、
少し行き詰まっているかも?と感じたら、
全く関係ない本を手に取ります。

すると、本が思いがけない言葉を
プレゼントしてくれることがあるのです。

「日日是好日」森下典子著
樹木希林さんが出演されている、最後の映画の原作です。

「雨の日は、雨を聴くこと」という章では、
ある滝のように雨が降る日の午後、
お茶のお稽古に臨んでいた時の体験が綴られています。

その中の一節が、私の心に沁み入るように響きました。
今日、もしかしたら私と似たような気分でいる貴方にも届きますように。 

==== 『日日是好日』より ====

こんなふうに一心に雨を聴いたことはなかった。
雨音の密林の奥深く、分け入っていくような気がした。
ドキドキする。
生々しくて、なんだか恐ろしい。
だけど、もっと先へ分け入りたくなる。

<中略>

突如、だだっ広い場所に、私はいた。
ここはどこだろう?
私をさえぎるものは何もなかった。

手順を間違えてはならないという緊張も、
抱え込んだままで常に気にかかっている仕事も、
今日帰ったらしなければいけない用事も、何もなかった。

自分はもっと頑張らなくてはダメだという思いも、
他人から好かれ評価されなければ
自分は無価値なのではないかという不安も、
人に弱みを見られたくないという恐怖感も、
消えていた。

とてつもなく自由だった。
生暖かい大粒の雨を、
肌に痛いほど激しく浴びているかのようだ。
嬉しくて楽しくて、子供のように歓声を上げながら、
目も開けられないほどのどしゃぶりの雨に洗われているみたいだ。
こんな自由、今まで知らない。

 どこまで遠くへ行っても、そこは広がった自分の裾野だった。
 ずーっとここにいたし、どこかにいく必要もなかった。
 してはいけないことなど、何もない。
 しなければいけないことも、何もない。
 足りないものなど、何もない。
 私はただ、いるということだけで、百パーセントを満たしていた。

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メルボルンに行ってきました。
着いた日は、半袖でも汗ばむような陽気だったのに、
翌日は、ライトダウンを着ていても寒いぐらい。

この地に長く住む人が言うには、
メルボルンは1日の中にも四季がある街。
それほどお天気が変わりやすいらしい。

さて。
今回の旅の目的は、
Acceptance & Commitment Therapyのワークショップへの参加。

でも、それはまたの機会に触れることにして、
今日は、マルクス・アウレリウスのこの言葉から。
初めて目にした時、衝撃を受けました。

===============================
 "Everything we hear is an opnion, not a fact.
  Everything we see is a perspective, not the truth"
                                                           by Marcus Aurelius

私達の耳に入るすべてのことは、単に意見であって、事実ではない。
私達が見ているものも、そう見えているというだけで、
それがすなわち真実というわけではない。
=============================== 

論より証拠。
メルボルンのセント・パトリック大聖堂のステンドグラス:
(私が撮ったもの)
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(友人が、そこ、私も行ったよ〜と送ってくれたもの)
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同じステンドグラスなのに
こんなに色みが違うなんて!!

先週の始め、体調を崩しました。
しんどさのピークは2日程度でしたが、
それが過ぎたら、今度は顔が むくむ、むくむ。
細い目に下ぶくれの、まるでオカメさんでした(涙)

でも、楽しみにしていた予定が目白押しだったので、
マスクを併用しつつ参加。

結果、昨日はさすがに体力と気力が消耗していることを自覚。
こうなると、どうもタスクが先延ばしになってしまいます。
(メールの返事がすぐ来ないな〜と思った方、すみません)

で、あろうことか、to do はとりあえず脇に置いて、
「プーと大人になった僕」を近くの映画館で観てきました。

その中でプーさんが言ってくれた言葉がコレ↓
"Doing nothing often leads to the very best something"
何もしないことが、最良の何かをもたらしたりするよ。

 素直に納得して、昨日はもう何もせずに寝ました。
単純なもので、今日一日は、少し気力が戻ってきているのを感じます。

いっぱいいっぱいになってしまっていると感じたら…
「何もしないこと」
プーさんから大切なことを学びました。
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このまま涼しくなっていくのか?
と思いきや、10月なのに真夏日到来。
今年の天候には思い切り振り回されている気がします。

私たちの思考には、どうやら慣性の法則があるようで、
涼しくなっていく外気に馴染もうとしているところに、
暑い1日が出現すると、どこか裏切られたような気がしてしまうのですね。

自然現象に対してすら、そう思うのですから、
いわんや人に対してをや。

安定した関係を築いている、と思っていた人が
いつもと違う態度を示してきたら、結構動揺しませんか?

そして、あの時言ったあの言葉がまずかったか、
いや、何か返事を忘れて失礼しているのかも…
などなど、疑惑の無限ループにはまってしまうことがあるのでは。

私はあります。
特に疲れている時は。

本当のところ、
その人に他意は全くなく、
他のことに気をとられていただけかもしれない。
いや、でも、やっぱり私が何かしでかした?
(粗忽者なので、十分ありうる…)

わかるわけのない正解を求めて、脳がフル回転するので、
一層、疲れます。

こんな悪循環を救ってくれたのが、
Acceptance & Commitment Therapyで出会った考え方。

「その思考は、自分にとって役に立っているか?」

その思考が正解かどうか、ではなく、
そのことを考えることが、何か自分のためになっているか?

自分のためになっているのであれば、考え続けたらいいし、
そうでなければ、考えなくたっていいのだ、ということ。

シンプルな基準だけど、私にとっては効果てきめん。

しかつめ顔をして、何かの正解を求めるのに躍起になっている自分がいたら、
心の中でそっと聞いてみることにしています。
「それを考えることは、私の役に立っている?」 
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